外と内の問題。


NEW Oekaki House / Cowboy

心配症の話で思い出したのだが、小さい頃から当たり前になっていて考えることも忘れていた、自分の中の「外と内」の問題。

私は潔癖症ではないのだが、外は雑菌まみれで汚く「危険だ」という思いが強い。なので、必ず手を洗うのだが、洗ってもその後に危険なものを触ってしまったら、何の意味も無くなってしまう。

例えば、欧米スタイルの生活ではない、純日本式の生活スタイルなら、まず、部屋に上がるときは、靴を脱ぐ。靴は、完全に「外のもの」だ。だから靴を触ってから、手を洗う。手を洗ってから靴を触るのは「危険」だ。

上着はどうか。私の中では、上着は「外のもの」だ。外気に晒され、壁や人にぶつかった可能性を否定できない以上、上着を脱いでから手を洗う。ズボンも同様だ。つまり、私は下着になるまでの上着やシャツ、ズボンは「外のもの」と捉えていて、必ず全て脱いでから下着姿で手を洗う。かと言って、上着やズボンは、完全に内のものであるソファ等の上にでべっと投げ掛けている。

買い物はどうか。これは悩ましいのだが、袋の中のものは「内のもの」で、袋は「外のもの」と扱っている。なるべく袋は手を洗う前に剥いてしまって、中身は手を洗ってから冷蔵庫へ放り込む。これが自分の中では最も安全な選択なのだが、「外のもの」とした袋は、部屋の中でゴミ箱代わりに床にぺしっと置いてあり、普通に触る。

最近、携帯電話がすごく微妙で、未だに解決できていない。携帯電話は外でも触りまくるので、とても汚く「危険がいっぱい」だ。手を洗う前に、必ず放り出すものだが、手を洗った後も、平気で触っている。正直、バッチイなと思いながら携帯電話は触っている。かといって、毎回、帰ってから消毒するような潔癖さはなく、今日も携帯が外内兼用の存在になっている。

もう、心の問題でしかないのは言うまでもないが、それでも「外と内のライン」は自分の中で確立できている。

(平成26年8月1日 アシベズヘア@ashibehair_mfacebooknoteSUZURI

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